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アーユルヴェーダ基礎概念 アーユルヴェーダ基礎知識、3つのドーシャについて説明しています。>

スロータス(経路)④

治療の場合は、有効な薬を投与してもそれが目的の場所にちゃんと運ばれているかということはとても大事です。
アーユルヴェーダの配合薬に使われている植物の働きを分析すると、病気を治す作用の植物と一緒に必ずその薬が体内で働くべきところまで運ばれるようにスロータスの働きをよくする作用のあるものを含んでいることがわかります。
いわば、バイオアヴィラビリティがおきるようなものを含みます。
また、治療中に養生法の規則を決める時も、スロータスの働きが障害されないことを中心に、様々な「ベからず集」と「すべき集」を決めます。
ドーシャ、ダートゥ、マラ、アーマ、スロータスという概念は、アーユルヴェーダの本当の特徴をあらわす原理といえます。
基礎概念をよく理解して適応することを身に付けた医者は、全く新しい病気または、近代医学からみて原因不明な病気の治療をする場合でも、迷わず行う実力がつくのです。


スロータス(経路)③

全部で四種類の障害がスロータスに起こる可能性があります。

①スロータスによって運べるものが過剰に浸出する。

②スロータスが塞がること、その結果ものが十分に運ばれなくなる。

③スロータスに結節または腫瘍ができる。

④運ばれるものが他のスロータスに入ること、あるいは間違った方向に浸出する。

このようにアーユルヴェーダでは四種類の異常状態がスロータスについて説明されています。
スロータスに結節ができるということは、器質性の異常が起こることを示しますが、他の異常状態は機能性の乱れを示します。
実例を挙げると、プラーナヴァハスロータス(pranavaha srotas )の過剰な流入が起こった時、呼吸が速くなり、呼吸数が増えます。
下痢は、プリーシャヴァハスロータス(purisavaha srotas)におこる過剰な流入といえます。
熱病の時に汗をかかなくなるのは、そのスロータスが塞がるためとアーユルヴェーダは説明します。
痔核病や静脈瘤はスロータスによって起こる病気です。
食事を吐き出す、または過剰な性行為によって尿から血が出ることは、間違った方向にものが浸出されることの例です。


スロータス(経路)②

近代医学では、分子生物学においてレセプターが注目を集めていますが、アーユルヴェーダのスロータスという概念はこのレセプターの働きに似ているという解釈をする学者もいます。
決まった分だけを細胞の中に生かせる独特なレセプターがあって、このレセプターの数が減ったり増えたりすることも生理学的に認められています。
レセプターが増えた時、運ぶべき分子が多量に輸送されますが、レセプターが減った時分子はあまり受け入れられないことになります。
糖尿病の場合は、ブドウ糖を受け入れられるレセプターの数がかなり減るという報告があります。
レセプターの原理を考えるとアーユルヴェーダでよく表現する、スロータスが開かれて物質がたくさん輸送される、そしてスロータスが妨害されて物が運ばれなくなるという原理をよりよく理解ができます。


スロータス(経路)①

消化力と未消化物と共に、経路の概念もアーユルヴェーダを理解するために必要です。
スロータス(srotas)をおおまかにくだ、管と表現することもありますが、語源的には浸出するためスロータスまたは、流れるためスロータスといいます。
人体内で構成要素の原料を運ぶのがスロータスの機能です。
いわば体内の輸送システムを表す意味で経路という言葉が使われます。
七つの構成要素を運ぶために七種類の独特のスロータスがあります。
例えば、筋肉構成要素の原因物を運ぶ経路は、正常状態ではそれだけを運びます。
七つのスロータス以外に、大便、尿、汗を運ぶ三つのスロータスとプラーナ(prana 生気)、アンナ(anna 食)、ウダカ(udaka 水)を輸送するスロータスが三つあって全部で13種類の経路があるとアーユルヴェーダの『チャラカサンヒター』にあります。
命を継続するヴァータ、ピッタ、カパの三つのドーシャはとても微妙なので、どのスロータスでも通れて体全体に動き回ります。
また、五官によって感覚できない超感覚的な精神(マナス manas)は、意識のある人体全部に輸送しますが、意識のない毛と爪には入りません。
ドーシャと精神がスロータスの中を動くとアーユルヴェーダでは説明されていますが、そのために13以外の別のスロータスを認めていません。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)⑨

未消化物が体の中に溜まると様々な病気を起こします。
そのため未消化物をまず消化する方針をとってその後に病気専用の治療を行います。
人体内の経路(スロータス)がつまると、だるさを感じる、体が重たく感じる、何もしたくなくなる、消化不良、唾液が出すぎる、硬い便になる、または便が気持ちよく出なくなる、味の感覚が落ちる、労働しなくてもめまいがする、または疲労を感じるのは、このような症状の病気を起こすドーシャが混ざった時におこります。
未消化物がたくさん発生する人の場合は、下の上に粉のような老廃物が溜まります。
そしてあまり脂肪分を含む食事をとらなくても、大便が水に沈むという症状があらわれます。
発熱は、胃腸内に未消化物が発生してラサダートゥと汗を運ぶスロータスが塞がれておこるとアーユルヴェーダでは説明されています。
そのため、熱が出た時初期の治療方針は必ず未消化物を消化させることです。
アーユルヴェーダの概念によれば、リューマチも未消化物によって起こる病気です。
この病気の場合は、未消化物がヴァータ・ドーシャと一緒になって関節に局限されます。
そのため、アーユルヴェーダリューマチの名はアーマヴァータというのです。
糖尿病をアーユルヴェーダ的に解釈すると、構成要素での段階での消化力が不足して、血中に糖分が必要以上に溜まる病気であるといえます。
余分に溜まるとドーシャと一緒に混ざってアーマと名付けられます。
そのため、糖尿病治療の基本は、未消化物をうまく消化させることです。
このように分析していくと、多数の病気にアーマが緊密な関係をしていることが明らかになります。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)⑧

アーユルヴェーダには、心配、悲哀、怒り、不安など心理的困難な気分で食事をすることは、消化を害して未消化物(アーマ)を発生させるといった貴重な教えがあります。
何千年も前から「食事の消化には、精神的に落ち着いた状態で食べることが必要だ」といっているアーユルヴェーダの教えの素晴らしさが想像できるでしょう。
摂生法としては、体力にふさわしい運動を楽しくすることが消化力を増します。
また、食事の直前にひとさじ位の生姜の新鮮なジュースを少量の岩塩と一緒にいただくことは、消化力を促進する働きをします。
食事前に水を飲むこと、または食事しながら冷たい水を飲むことを避けて食事と共に少量の暖かい水を飲むことは、消化と吸収に役立ちます。
その上に排泄もよくなります。
一日の間にたくさん水分をとることが健康維持に有効でありますが、食事中にたくさん水を飲むのは消化を悪くするのです。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)⑦

バランスのとれた食事をとると、人は健康になるという考えがあります。
ビタミン剤を飲めば健康状態がよくなると考える人も少なくありませんが、アーユルベーダの概念でいうと、体に良いものをとるのはもちろん大事ですが、それと共にそのものが正しく消化されることも十分に配慮しなければなりません。
消化力が減退していることを無視して不規則に摂取すると、生命を保つ同じ食べ物が命を落とす毒にかわってしまうとアーユルベーダではいわれています。
そのため、私たちはバランスのとれた栄養食をとると同時に、摂取したものが自分の体に受け入れられているかを考えることは最も大切なことです。
バランス栄養食の中にどれくらい蛋白質や脂肪が含まれているかを検討するだけでなくて、どんな食物が消化力を促進させたり吸収力をよくするものがあるかを調べてみなければなりません。
食物を単なる栄養の角度からみるだけではなくて、生理活性機能の角度からみることをアーユルベーダでは強調されます。
これは、食事に関してアーユルベーダから学べる独特な知識といってもよいです。
生理活性機能に影響する働きは、植物の性質だけに限らないで食事のとり方にも関係しています。
急いで食べたり、雑誌やテレビを見ながら食べることに集中しないで食事をとったりすることはよくありません。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)⑥

消化力が乱れて、食物が正しく消化されなかった時に集まる異常なものを未消化物すなわちアーマといいます。
消化力は、胃腸内の消化力、大元素消化力という三つの形で活用するように未消化物も、胃腸内で発生するものだけではなくて、五つの大元素と七つの構成要素ダートゥを消化する段階でもあらわれる可能性があります。
そのため、食べ物の初期の消化が終わって、胃腸から吸収されたとしても、それが次の五つの大元素消化力によって正しく消化されるか、そして、七つの構成要素消化力によってよく消化されるかということも考えなければなりません。
消化が順調に起こらないと、アーマすなわち未消化物の原因になります。
未消化物が溜まることを中間代謝産物が溜まる、または毒素が溜まると一般的に表現することもあります。
パンチャカルマいわゆる浄化療法の機能は、体の奥深くに溜まっているこの未消化物または毒素を消化して、三つのドーシャのバランスを保ち、人体内の環境を整えることといえます。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)⑤

胃腸内の消化力がよければ、それに依存している五種類の大元素消化力、七種類の構成要素消化力もよく働きます。
そのため、腹内の消化力がおかされないような養生を守る必要があります。
よく見かける習慣の例をあげると、冷たい水を飲むことは胃腸内の消化力を減退させ、その結果他の消化力にも影響を与えます。
これは、決して健康に有益ではないため、いつも暖かい飲食をとる習慣は13種類の消化力を促進します。
消化力をくずさないような食事をとることを、アーユルベーダは強調します。
そのためには、食物の生理物理学属性の知識を知る必要があります。
お腹の容量の三分の二くらいしか食べないことも消化力を促す手段の一つです。
三分の一は固体のもので、あとの三分の一はは流動性のもので、残りの三分の一は気体のものおよび三つのドーシャの働きのために残すというしくみで食事をとると説明されています。
まとめると、決まった時間に食事をとること、消化力に応じた適量を守ること、この二点が何よりも大事なことで、健康と長寿をもたらす秘密の一つです。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)④

アーユルベーダでは、消化力すなわちアグニは4種類にわけられます。
①消化力減退または緩慢な消化力。
規則正しい食事をとっていても、消化に長い時間がかかることです。
②増加した消化力または鋭い消化力。
場所、量、時期、質など、独自の規則に従わないで食事をとっても、早く消化されてしまうことです。
③不規則な消化力。
時々誤った食事のとり方をしても早く消化されたり、規則正しい食事の取り方でも消化が遅れたりすることです。
④正常な消化力。
規則正しくとった食事は時間内に消化して、食事のとり方を間違えた場合は消化が乱れるということです。
正常な消化力によって、食べた食事が時間内に気持ちよく消化され、体力、活気、色つやを増進します。
消化力が正常である人は、規則正しく、適切な食事、つまり自分の体質、年齢、暮らしている地方、季節、好き嫌い、慣れを考慮したうえで、食事をとる習慣をつけるべきです。
そうすると正常な消化力が維持されます。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)③

すべての病気が減退した消化力から生まれるという説明があります。
ウイルスなどによる感染症も、アーユルベーダでは人体が弱いから感染されたという点から考えます。
微生物という病因よりも、その病因を受け入れるようになった宿主がすべてという理論です。
最近を受けつけない、繁殖させないという抵抗する力を免疫といいますが、この免疫は消化力と関係しているとアーユルベーダは確信します。
活発な消化力は、三つのドーシャも均衡状態に働いているときにあらわれます。
消化力は直接ピッタ・ドーシャと深い関係があります。
ピッタ・ドーシャそのものが、アグニと呼ばれていると有名な外科医スシュルタはいいました。
そして、ドーシャの大部分は消化する働きと一致してます。
しかし、ピッタにはアグニの働き以外にも、視力、知力など他の機能も説明してあります。
ピッタという言葉は燃焼を示すもののため、アグニの働きとは深い関係があります。
そのため、ピッタ・ドーシャを強める治療法はアグニを促進します。
ギー(バターから作る油)だけがその例外物です。
ギーはピッタ・ドーシャを緩和させ、なおかつ消化力を強めます。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)②

アーユルヴェーダでは、全部で13種類の消化力が認められています。
食べる、飲む、なめる、噛み砕く、この四つの方法で取り入れた食事を消化する、胃腸内に存在する最も大事な消化力があります。
人間が食べるものは、空、風、火、水、土この五つの大元素でできているものでもあるので、外界の物を体内の物に変えるため、それぞれを消化して均質なものにする五種類の大元素消化力(ブータアグニ)があります。
この消化力が主に、肝臓内で活躍します。
こうやって、完全に消化された食事から七つの構成要素を作る消化力(ダートゥアグニ)があります。
全部で13種類の消化力が正常に働くことは、健康、体力、抵抗力、幸福、光沢、成長と長寿をもたらすために必要です。
五つの大元素消化力と七つの構成要素消化力をあわせて、12種類の消化力も胃腸内の消化力にしたがって働きます。
胃腸の消化力が減退すると、他の12の消化力も弱まり、胃腸内の消化力が強ければそれに依存しているほかの消化力もよく作用します。
そのため、胃腸の中の消化力が活発であるような養生を守ることが大切です。
元気な消化力のある人は健康人といえます。
ほとんどの病気は、消化力が弱くなって発生するのです。
しかし、消化する働きが過剰になると病気として扱われます。


アグニとアーマ(消化力と未消化物)①

アグニ(agni)は、サンスクリット語で火という意味です。
火は宇宙の創造元である五つの大元素すなわちパンチャマハーブータの中の一つです。
アーユルヴェーダでは消化力を指す意味で、アグニという言葉を使います。
消化力は健康増進と病気の治療において不可欠な役割を持っています。
健康人を定義する時、消化力が正常であることがひとつの条件となります。
病気の治療を計画する時も、消化力を向上しなければなりません。
病気の状態でも、健康の状態でも、消化力の状態を忘れてはならないのです。
消化力というと主には、胃腸の中に入ったものを消化する力なのですが、胃腸の中に吸収されたものを次に消化して七つの構成要素を作る力のことも含みます。


老廃物―出るべきものを排泄させる

マラは、通常は大便、尿、汗と感覚器官である鼻、耳、目などから排泄される排泄物のことをいいますが、体を不浄にさせるものや体から外に出なければならないもの全てをマラとして取り扱うこともあります。
このように広い意味で理解する時は、腐敗された七つの構成要素、腐敗したヴァータ、ピッタ、カパの三つのドーシャまた、未消化物すなわちアーマ(ama)もマラに入ります。
体の中に何かを投与して病気を治したり、健康を守るという考えは他の治療システムでもよく見られますがアーユルヴェーダの中にも、積極的に実体、属性、行為(ドラヴヤ、グナ、カルマ)を生かして、治療することが説明されています。
しかし、アーユルヴェーダの独特な考え方は、ものを投与するだけでなく、体から外へ出させることにも重点をおいていることです。
パンチャカルマとアーユルヴェーダ呼ばれるの専門的な浄化療法はこの考えに基づきます。
このように、体から出るべきものを排泄させることに重要性をおいいた時に、老廃物すなわちマラの概念は、健康増進と病気の治療のときの大切な考え方になります。


老廃物―尿・汗

尿は、もう一つの老廃物であって、体の流動物、すなわち水分のバランスを保ちそれを体から外へ運ぶ働きをします。
体から水分を出したり出さなかったりする働きによって、人体内の水分のバランスを保つのです。
尿が増加した時、膀胱が針で刺したように痛み、尿を排泄しても排泄していないような感じを受けます。
尿が減少したときは、あまり尿がでないこと、尿をする時きつく感じ、尿の色が変わるまたは血液が混じった尿をするという症状があらわれます。
汗は体の水分を制御する働きによって、不浄物であっても体の健康維持に重要な役割を果たしているという説明があります。
汗という排泄物が体内に増加した時は、たくさん汗をかく、不潔な臭いがする、かゆみを感じるという症状があらわれます。
汗が減少した時は、体毛がとける、体毛がかたくなる、皮膚がカサカサするといった症状があらわれます。


老廃物―大便

大便は正常状態では、体を特に胃腸を支える役割をします。
大腸の中に大便がまったく無い状態になると、胃腸の働きである食欲、消化、吸収に悪い影響を与えます。
それだけでなく、全身的にも影響して体がだるく感じられて、一般の活動もできなくなります。
例えば、浣腸をして大腸の便を排泄させると、体がだるく感じられ背骨の力が抜かれたような感じがします。
それに比べて、多少便秘になってもすぐにはどんな異常も感じません。
排泄物が体を支える働きをしているからです。
憔悴(結核を含む)の病気の治療の場合は、患者に便秘の症状があった時、あるいは浄化の目的で催下剤をかけて大腸内の大便を全部出さないように『チャラカサンヒター』では注意しています。
憔悴した患者には大便が力であるとアーユルヴェーダは考えます。
しかし、大便その他の老廃物が体の中に長く溜まっていることが健康に良いと理解するのは間違いです。
健康人の場合は大便が長い時間溜まると、様々な病気を起こす一つの原因になるとはっきりいえます。
ただ、排泄物や不浄物だからなるべく早く出させようと考えてはいけません。
不浄物と名付けられても生理的に排泄される時間がくるまでは、これらに健康を保つ働きがあるのです。
健康を維持するためや病気を予防するために、生理的要求である大便や尿を排泄したくなったらがまんしないで早く排泄させることが大切です。
アーユルヴェーダには、一日に大便を1回か二回、尿は一日に6回排泄するのがよいという教えがあります。
大便が異常な状態になると、次のような症状が起こります。
大便が増加したときはおなかの下の部分に重さを感じます。
おなかが膨らんだ感じを受け、おなかに異常な音が聞こえ痛みも感じます。
大便が減少すると、おなかの中にヴァータが上向きに動いておなかの中にガスが動いている感じがします。
胸と脇を圧迫しながら痛みを起こし、腰も痛みます。


老廃物―三つの老廃物(マラ)

マラ(mala)すなわち老廃物の知識もアーユルベーダの生理学の中で重大な役割を果たします。
体の中に入った食事が消化されたり、栄養物が代謝された時に主な老廃物ができます。
ドーシャの数は三つ、構成要素の数は七つとはっきり決まっていますが、老廃物の場合にも主に三つがあります。
大便、尿、汗の三つが主な老廃物または排泄物と説明されています。
しかし、この三つ以外にも、鼻、耳、目などから定期的に老廃物が出ることがアーユルベーダでは認められています。
排泄されなければならないことをあらわすために、老廃物と名付けられています。
排泄される時間に、ちゃんと体の外へ出ないと体を不浄にすることからマラといいます。
サンスクリット語でマラは不浄物という意味です。
しかし、排泄物または不浄物が人体内で順調にできて、健康的に排出されるまでには、これらの不浄物にも健康を保つ働きがあるとアーユルベーダでは説明されています。
つまり、健康の維持に老廃物も貢献しているのです。


ダートゥおよび構成要素―構成要素の治療法

乳びを含む体に栄養を与える最初のラサダートゥが起こされた病気の治療方針は絶食させること、血液組織が侵された時は寫血治療と催下治療法、筋肉組織が損なわれた時は外科手術と腐蝕剤(クシャーラカルマ)と焼灼方法(アグニカルマ)を利用すること、脂肪組織が腐敗された場合は痩せさせる方法、骨組織が悪くなった病はパンチャカルマ療法、特に牛乳、ギー、苦味の植物を用いた経腸療法、骨髄組織と再生組織が侵された病類の時は甘味と苦味を利用した食事、性行為、時期的にも、量的にも適当な浄化療法を用いて治療すべきです。


ダートゥおよび構成要素

ドーシャによって侵されるのがダートゥですから、ダートゥの構成要素をドゥーシャ(dusaya)といいます。
ドゥーシャの意味は腐敗されるものということで、腐敗することを意味するのはドーシャです。
患者の診察の時ドーシャがどの構成要素を腐敗させているのかを調べることが必要です。
ドーシャとドーシャによって侵される構成要素の関係は、病気の病理学的説明の時に教えられます。
これは、アーユルベーダの独特の考え方で、古典をよく勉強して、優れた医者のもとで臨床研修を受けた人の場合は、それぞれの病気について、腐敗された構成要素の状態がわかります。
また、全く新しい病気の場合も自分で解釈できる知識が身に付いていきます。
病気に関して、ドーシャと構成要素の関係は、アーユルベーダならではの概念に基づいている実例を紹介します。
一般的に考えた場合は、貧血は血液組織(ラクタダートゥ)という構成要素が腐敗されて起こる病気と思うかもしれません。
しかしアーユルベーダでは、もともと貧血は乳びを含む体に栄養を与えるラサダートゥという構成要素の質に異常が起こって現れる病気と説明しています。
また、皮膚病は、ほとんどの場合血液組織が損なわれておこる病気とアーユルベーダは考えます。
といっても、病気の状態と種類によって他の構成要素が腐敗される場合もあります。
病気が慢性になるのは、病理学的な異常が一つの構成要素や組織から、次々と他の構成要素や組織に広がるためです。


ダートゥおよび構成要素―七つのダートゥサーラの特徴

七つのダートゥサーラの特徴をアーユルベーダの『チャラカサンヒター』では次のように説明しています。
①トゥヴァクサーラ:つるつるした、なめらかな、やわらかな、見やすい、はっきりした、たくさんではない、根が深い体毛をしていま。
色つやのよい優れたよい皮膚をしています。
福、幸せ、権利、知識、健康、長寿をもつのが特徴です。
②ラクタサーラ:耳、目、顔、舌、唇、手のひら、足の裏、爪、額、性器がすべすべして、赤くて、輝く姿をもっています。
この血液サーラの人は、熱意、幸せ、鋭い知性、柔らかい体、中くらいの力を持っていて、苦労の我慢ができなくて暑さにも耐えられない人です。
③マンササーラ:こめかみ、額、うなじ、目、顎、肩、おなか、わきの下、胸、手、足、関節が停滞性と重性であって、これらの場所でよい筋肉がついていて端正な顔立ちをしています。
寛大さ、忍耐力、けちではない性質を持っていて、財、知識、幸せ、単純、健康、長寿を持ちます。
④メードーサーラ:肌の色、声、毛髪、体毛、爪、歯、唇、尿、大便が脂ぎっているのが特徴です。
財、幸せ、幸福、物質的な楽しみ、施し、単純さをあらわし、優美な行いの人です。
⑤アスティサーラ:かかと、足首、膝、前腕、鎖骨、頭、関節が太くて、強い骨、歯、爪を持っている人です。
大きな熱意を持っていて、活動主義で、苦労に対する忍耐力があって、寿命は長いのが特徴です。
⑥マッジャーサーラ:体が柔軟で、力強い、すべすべした肌の色、優しい声、太った丸い関節を持っています。
寿命が長い、力強い、知識があって、財産があって、認識、子孫、名誉に恵まれます。
⑦シュクラサーラ:落ち着いた表情、ミルクで満ちているような目をしていて、元気がいつもあふれているような人です。
すべすべした丸い形の歯をしていて、気持ちのいいすべすべした色つやで、やさしい、美しい声を持って、光沢があって、おおきなおしりをしているのが特徴です。
女性たちに(異性に)救われ、力持ちで、楽しみ、権利、健康、財産、名誉、子孫に恵まれるタイプです。


ダートゥおよび構成要素―優れたダートゥ

ダートゥの質が優れていることをサーラ(sara)といいます。
最初のダートゥのラサは、乳びや栄養を与える体液をいいます。
サーラのときはラササーラとはいわずにトゥヴァクサーラ(tvaksara)と表現します。
というのは、体液がよければ結果として皮膚からあらわれるからです。
他の構成要素の場合は、ラクタサーラ(raktasara)、マーンササーラ(mamsasara)、メードーサーラ(medosara)、アスティサーラ(asthisara)、マッジャーサーラ(majjasara)、シュクラサーラ(sukrasara)といいます。
サーラを調べるには、人の体力、抵抗力、精神力を知るためで、治療を計画するために必要です。
アーユルベーダの『チャラカサンヒター』の説明によると、医者は患者の体だけを診て、この人は太っているから体力があるとか、やせているからあまり力が無いとか、あるいは大きな体をしているから力持ちであるとか、小さな体をしているから力がないとよく誤解しています。
しかし、小さな体をしていても体力が人一倍あるひともいます。
ですから、いかに優れた構成要素ダートゥサーラを持っているかを医者が調べる必要があるといわれています。


ダートゥおよび構成要素―オージャス

七つのダートゥのエッセンスから、オージャスができます。
エッセンスですから、オージャスが増えるほど人の色つやがよくなって、肉体的にも精神的にも生き生きとした表情になります。
オージャスが増えて病気になることはありません。
オージャスには、微細と粗大の二種類があって、微細のオージャスは全身に八滴しかないのですが、これがなくなると命にかかわります。
日本語ではオージャスのことを活気と訳すこともあります。
オージャスと正反対の属性を持っているものを毒といい、これは命を奪うものです。
心配すること、またはストレスにかかることはオージャスがなくなるので、結果的に人の色つやや光沢がなくなってしまいます。
アーユルヴェーダは、人が美しくなるためには、ダートゥが優れた質を持つようにし、全体としてオージャスを増やす摂生をするのが正しい方法であると考えます。
このやり方は内から外まで体を美しくするため、他の人工的な方法に頼らなくても素肌や容貌が美しくなります。


ダートゥおよび構成要素―ダートゥの正常状態が重要

ダートゥの低下、増加、悪化を正常状態と比較して考えます。
正常よりも低下している脂肪は、ヴァータ性の病気のもとになります。
治療の概念としては、増加したものを低下させ、低下したものを増加させ、悪化して質を損なったものを正常に戻すというように、調和をもたらすことが基本となります。
ダートゥの正常状態というのは、ダートゥの量が適当で質がよい常態を言います。
また、アーユルヴェーダでは、優れた質の構成要素をもっている人の特徴についての説明があります。
治療の前に行う患者の診断では、生まれてからその患者のどのダートゥが優れているかを調べます。
アーユルヴェーダにおけるラサーヤナ、すなわち若返り療法の目的は、七つの構成要素を選り優れた質の構成要素にかえることです。
治療によって構成要素の質が優れたものになるほど若返り効果がでてきます.


ダートゥおよび構成要素―ドーシャとダートゥの依存関係

正常状態では、それぞれのダートゥにそれぞれの働きがあります。
ラサダートゥは栄養、ラクタダートゥは命の維持、マーンサダートゥは塗り、メーダスダートゥは潤滑、アスティは形を保つこと、マッジャーダートゥは充填、シュクラダートゥは繁殖の働きをします。
一言でまとめて『アシュターンガフリダヤサンヒター』というアーユルヴェーダの古典にあります。
メーダスというダートゥを脂肪組織といいますが、その働きは潤滑を与えることです。
いわゆる体の中に油性をあらわします。
しかし、ここでいう脂肪は余分に溜まっている脂肪のことではありません。
肥満病のときに溜まる脂肪も脂肪組織のある種類ですが、それはどちらかというと脂肪組織の異常状態を示すものです。
骨髄は骨の中を満たすものです。
生殖組織もアーユルヴェーダの説明では、人間みんなになるものですが、子供の頃これは潜在的にあって思春期の時にはっきりとあらわれます。
ドーシャとダートゥの間には依存関係があります。
ヴァータは骨に依存します。
ピッタは血液に依存しますが、カパは他の五つの構成要素、すなわち乳びと栄養を与える体液、筋肉、脂肪、骨髄、再生組織に依存します。
ピッタとカパの場合はこのドーシャの依存しているダートゥが増えるとそれぞれピッタ、カパも増加します。
ヴァータの場合は逆です。
骨組織が減るとヴァータが増えます。
それはお互いに空間ができるからで、逆に骨が増えるとヴァータが低下します。
身体構成要素の異常状態は基本的に三種類あり、ダートゥが減ること、ダートゥが増えること、ダートゥが悪くなることであっていずれも病気になります。


ダートゥおよび構成要素―七つのダートゥ

ダートゥとは体を保つ構成要素を意味します。
乳びとその他の体に栄養を与える体液(ラサ rasa)、血液組織(ラクタ rakta)、筋肉組織(マーンサ mamsa)、脂肪組織(メーダス medas)、骨組織(アスティ asthi)、中枢神経を含む骨髄組織(マッジャー majja)、生殖組織(シャクラ sukra)の七つの構成要素によって体が成り立っています。
血液組織をラクタダートゥといっても、現代科学の定義による血液の働きは、アーユルヴェーダの生理学では、ラサダートゥとラクタダートゥの働きに分けて考えます。
また、ダートゥの順番にも意味があります。
七つのダートゥの神髄として、オージャス(ojas)というものが存在していて、体の色つや、活力によってオージャスの働きがあらわれます。
人間のとる食事が消化されて、ラサをはじめとする七つのダートゥが作られます。
一般的には一つのダートゥができてから、次のダートゥができますが、ものによっては直接的にあるダートゥが作られることもあります。
ダートゥを作るためには、それぞれのダートゥ独特の消化力(ダートゥアグニ)が働きます。
例えば、乳びおよび体に栄養を与える体液から血液組織ができるためには、血液を作る特別の消化力いわゆるラクタダートゥアグニが必要です。
ダートゥが作られる時副産物ができます。
これを準構成要素(ウパダートゥ upadhatu)といいます。
同様にダートゥが作られる時老廃物もできます。


ドーシャと季節③

次に春になると太陽の光が凝固されたカパを溶かして悪化させます。
そのあと、夏には暑さが続くため悪化したカパは鎮静されます。
3月の後半から5月の前半までカパが悪化する時期です。
暑さ、寒さ、降雨が激しくない時は、ドーシャは特に大きな変動をあらわしません。
暦の期間にあまりこだわらず季節の特徴を見た上で、ドーシャの蓄積と悪化を理解するべきです。
地理学的に場所が変わると季節のあらわれかたも多少変わります。
今は環境破壊などによって温暖化が進み地球全体の季節に問題が起こりつつあります。
そのため、暦上の期間はひとつの目安として使います。
それぞれの場所での季節の特徴をアーユルヴェーダの基礎概念に基づいて理解すべきです。


ドーシャと季節②

次に秋には熱によってヴァータが鎮静します。
日本での季節でいうと、7月と8月はヴァータが蓄積する時期です。
夏の終わりの秋が始まる前に降る雨の時期はヴァータが最も悪化する時期といえます。
暦のうえでみると、9月の後半と10月の前半がヴァータが悪化する時期といえます。
基本的な概念としては、春の終わり、梅雨、夏は太陽の影響が強く、体が最も弱くなる時期です。
5月の後半から8月の後半までの期間が軽性と乾性が強まる時期です。
5月の終わりにもし暑さが厳しければ、そのあとで6月に降る雨もヴァータを悪化させます。
ですから季節の特徴によってドーシャが悪化されることを知ります。
雨が降ると共に、自然の中に酸味が増えます。
そのことによって人体内ではピッタが蓄積します。
しかし、冷性というピッタの反対の性質の影響で悪化はしません。
雨が降らなくなって秋になった時、自然の中にピッタを悪化させる塩味が強くなるので、ピッタが悪化します。
日本では10月の後半と11月はピッタが悪化する時期と考えられます。
主には、自然の中に甘味が強くなるのでピッタは緩和されます。
冬になると油性、および冷性という性質が増えます。
食物、植物にも甘味が優勢になりカパが蓄積されます。
冷性はカパと同質の属性ですが、カパは冷性によって凝固されてしまうので悪化される状態まではいきません。


ドーシャと季節①

季節によってドーシャは優勢になるものがあります。
季節は自然のサイクルで時期によって起こります。
太陽と月の運行、風の動き、雲、降雨がその季節の特徴をおこす原因です。
外界のこの現象は、地球に存在する全てのものに影響を与えます。
人体内のドーシャも蓄積、悪化、鎮静という三つの変動を受けます。
夏の季節には、体力と消化力が低下します。
水分も体から出ます。
夏は、自然および食物の中に軽性と乾性の属性が増え、それによってヴァータが蓄積します。
しかし、温性というヴァータの反対の性質も夏の時に優勢であるため、悪化状態になりません。
雨が降って熱さがおさまり冷性が増加して、自然と植物に辛味が優勢となった時ヴァータが悪化します。


ドーシャおよび属性の関係

ヴァータ、ピッタ、カパの三つのドーシャの中で、ヴァータはピッタとカパを運ぶ働きをします。
動かすのはヴァータの特徴ですから、この意味ではピッタやカパよりもヴァータの役割のほうが重要だといえます。
ヴァータだけが悪化して、ピッタとカパが正常であっても、これらがヴァータによって不適当な場所へ運ばれるため症状があらわれる例もあります。
健康管理というとき、ヴァータの正常状態を保つことに気をつけます。
ですからヴァータによって起こる病気の数はとても多いと考えられます。
急死の場合の原因は増加したヴァータによって命が奪われるわけです。
病気の時に、生命の維持に必要な器官をヴァータから守る処置をとることは優れた医者の療法です。


ドーシャおよび属性の関係

人体内の構成要素、三つのドーシャも20種類の属性と密接な関係を持っています。
アーユルベーダが示す三つのドーシャが持っている属性は次のようになります。
ヴァータ:乾性、冷性、軽性、微細性、移動性、清澄清、組性、ピッタ:少し油性、温性、鋭性、流動性、移動性、軽性、カパ:重性、冷性、柔性、油性、緩慢性、停滞性、粘着性です。
同性は増加を引き起こし、異性は低下を起こすというのはアーユルベーダの一つの基礎概念です。
属性にしても、体内に入った属性は同性なものを増やし異性なものを低下する働きをします。
ドーシャの反対の属性によって、ドーシャは緩和されます。
例えば、油性、温性、重性、粗大性、停滞性、活性はヴァータ・ドーシャの性質の反対の性質で、これらとの接触によってヴァータが緩和されます。
ピッタとカパの場合も同じ原理が働きます。
ドーシャが増加する場合、全ての属性が増加することもありますが、少数の属性が増大する場合が多いのです。
ある属性の過度の接触によってドーシャが増加した時、治療のためにはその反対の属性を利用する必要があります。
冷性によってヴァータが悪化して痛みを感じた時、その痛みを回復するためには温性の薬や食事や摂生を処方したほうがよいのです。
もし乾性の性質によって憔悴がおこって痛みを感じているならば、油性を用いて治療したほうが確実です。
このようにドーシャの数は三つだけでも、病気や病理学についての学習は幅広く必要です。


ドーシャおよび属性の関係

一つの物質の中に一つの属性だけが存在しているとは限りません。
いくつかの属性が同じものの中に切り離せないように存在しているかもしれません。
しかし、正反対の属性が同じものの中に存在することは一般的にはありません。
例えば、胡麻には油性と乾性の属性が存在することは、理論的にも実際にもありえないのです。
油性という属性があらわれるというのは、カサカサしている(乾性:単に水分が無いというのではなく、油が無い状態を含んであると解する)属性があらわれないで、その反対の属性である油の質が影響するという意味です。
目に見える物質にこの29種類の属性は関係がありますが、私たちの行為または季節にも属性との関係があります。
ずっと座っていることは、体の中に停滞性および緩慢性を増やします。
運動することは、人体内で軽性を増やします。
日本に季節の中では、春の終わり、梅雨、夏の時期(5月から9月)は季節の影響で体内に乾性という属性が強くなります。
これは、物理学的属性ではなく、生物物理学的属性です。
外界の全てに20の属性が関係します。


ドーシャと属性の関係-グナと呼ばれる20種類の性質

ドーシャをよく理解するためには、属性または性質を知る必要があります。
グナ(guna)と呼ばれる20種類の性質が物質的宇宙の全てと関係します。
これは、重たい、軽いといった対応する性質の10組の性質で合わせて20になります。
サンスクリット語のこの20の言葉に一番近い日本語を使って表すと次のようになります。
グル(guru)=重性、ラグ(laghu)=軽性、シータ(sita)=冷性、ウシュナ(usna)=温性、スニグダ(snigdha)=油性、マンダ(manda)=緩慢性、ティークシュナ(tiksna)=鋭性、スティラ(sthira)=停滞性、サラ(sara)=移動性、ムリドゥ(mrdu)=柔性、カテイナ(kathina)=硬性、ピッチラ(piccila)=粘着性、ヴィシャダ(visada)=清澄性、スラクシャナ(silaksna)=滑性、カラ(khara)=粗性、ストゥーラ(sthula)=粗大性、スークシュマ(suksma)=微細性、サーンドラ(sandra)=固形性、ドラヴァ(drava)=流動性、です。
アーユルベーダの医師は、20の属性の認識を最初に師匠から教わり、感覚器官を用いて直接的に臨床の場で得ます。
直接得た認識を繰り返した観察を通じて、また古典の教えを利用しながら確認します。
こうやって学んだ知識に基づいて、ものごとの属性を決める能力が増します。
アーユルベーダの食物、植物の薬理学的説明をする時、この20種類の属性を通してします。


ドーシャ総論―カパ性の病気の治療法

カパ・ドーシャが悪化してあちこちの身体部位にいくと、体に油性なものを増やすこと、堅さ、かゆさ、冷却、鈍重、圧迫、熱いものに囲まれた感覚、人体経路の閉塞、ドーシャが活発になる、浮腫、消化不良、過剰な睡眠、動きがあまりにもゆっくりとなること、口の中に甘味や塩味を感じること、白色などの作用を起こします。
カパ性の病気を辛味、苦味のもの、冷性、乾性、温性のものによって緩和させます。
また、発汗療法、催吐法、経鼻法、運動などの療法を行うべきです。
この中にもヴァマナ(vamana)と呼ばれる催吐法はアーユルベーダのパンチャカルマ療法の一つであって、カパ性の病気に最も有効な浄化療法です。
単に胃袋の中身を出すことではなくて、前もって計画した処理によって、悪化したカパを胃の中に集めそこから吐き出す方法で外に出します。
そのあと患者に治療後の処理も行わなければなりません。


ドーシャ総論―ピッタ性の病気の治療法

ピッタ・ドーシャが悪化してあちこちの身体部位にいくと、熱症、発熱、化膿、汗をかくこと、不敗、湿ること流出、赤色、意識不明になる、口に辛いと酸っぱい味を感じること、白いやや赤い以外の例えば黄色、赤色、青色、緑色を表すことなどの作用を起こします。
ピッタ性の病気を甘味、苦味、渋味のもの、冷性のものによって治療します。
また、油剤法、下剤法、灌水、冷性のさまざまな薬を飲むこと、オイルマッサージなどの療法をよく考えて行うべきです。
この中でも、ヴィレーチャナ(virecana)と呼ばれる下剤をかける療法は最も大切です。
アーユルヴェーダのヴィレーチャナ療法は、パンチャカルマの五つの浄化療法の中の一つです。
日本語でわかりやすく言うと下剤を使用する療法といえますが、単に便を出す目的で行うわけではありません。
患者に一週間または10日位独特の準備を行って、その後で決めた日にアーユルヴェーダの植物性の薬を飲ませて、身体内の悪化したピッタ・ドーシャを排泄させます。
そのあとは、また5日から7日位処理法を行います。
この療法は、全身の中にある悪化したピッタを腸の中に集まるようにして、肛門から悪化したピッタを排出させる療法なのですが、その時腸に集まっている大便も排出されます。
大便だけを出すのが治療の目的ではないのです。


ドーシャ総論―ヴァータ性の病気の治療法

アーユルヴェーダの『チャラカサンヒター』第一巻第二十章散文十二、十三番では「ヴァータ・ドーシャが悪化して、あちこちの身体部位へいくと、下垂、脱水、拡張、脱落、針で刺すような痛み、しびれ、触覚がなくなること、弛緩すること、偏頭痛、打撃、結合、分類、萎縮、回転、興奮、渇浴、振動、痙攣、粗雑、憔悴、堅さ、器官が曲がること、麻痺、口に渋味を感じること、やや赤いまたはやや黒い色をあらわすことなどの作用を起こす。
」と示しています。
ヴァータ性の病気は甘味、酸味、塩味のもの、油性、温性のものによって治療します。
また、油剤法、発汗法、煎剤浣腸、経鼻法、食事法、オイルマッサージ、塗擦、灌水、これらの療法を、量と時間を正しく考慮して行うべきです。
その中でも煎じ薬を主に使う煎剤浣腸、油を使う油浣腸、両方を含めた意味での浣腸治療またはバスティ(basti)治療がヴァータを緩和する治療の中で最も大切なものです。


ドーシャ総論-ドーシャの位置に基づく診断と治療

ドーシャの場所についての知識は病気の診断および治療にも欠かせません。
アーユルヴェーダの病理的説明では、気管支喘息はピッタの場所で発生してカパの場所であらわれる病気といわれています。
そのため、病気の発生の場所に存在している肝臓と十二指腸でおこる働きを考慮して薬を選びます。
近代医学の病理学的説明では、肺の中に異常が起こることに重点をおきますが、アーユルヴェーダではそこだけ治療しても表面的な治療になると考えます。
そのため、病気のもとを治そうとする場合は、ピッタが最も位置している場所の機能である消化力をととのえる必要があります。
臨床においてこのような働きをする薬草を使った時良い結果が得られます。
薬を近代の薬理学的な方法で分析してみると、気管支を拡張する作用が一切見られないかもしれません。
気管支拡張作用が実験のとき得られなかったら、アーユルヴェーダに記されている治療法には効果がないと結論付けることは、偏見であるといえます。
ですから、アーユルヴェーダの治療法を研究する時に、近代医学の概念に基づいて調べることは必要ですが、それだけに限ると新しい発見の道が閉じられてしまいます。


ドーシャ総論―三つのドーシャの場所

ドーシャは体全体に動き回っているのですが、それぞれのドーシャが主に存在している場所やものがあります。
アーユルヴェーダのチャラカサンヒター』第一巻二十章散文八番では、「ヴァータの位置する場所は、腸、腰、大腿部、耳、骨、皮膚であるがこの中でも腸は最も重要な箇所である。
ピッタが位置する場所は、へその部分、胃、汗、血清、血液、乳び、目、皮膚であるがこの中でへその部分は最も重要な場所である。
カパが位置する場所は、胸部、首、頭部、咽腔、関節、胃、乳び、脂肪、鼻、下であるがこの中で胸部は最も重要な場所である。
」と示しています。
ヴァータ、ピッタが位置している場所またはものが重なっている場合もありますが、一つのドーシャだけの独特な場所もあります。
胴の一番下の部分はヴァータが位置する場所の中で最も大事な場所といえます。
その部分にある内臓がヴァータとの関係が深いのです。
胴の真ん中の部分はピッタの場所と認められていて、胴の一番上の部分はカパの重要な場所といわれています。
胴の中部にある内臓がピッタと関係するように、胴の上の部分すなわち胸部辺りにある内臓がカパの重要な場所といえます。
近代医学的に説明すると、灰と胃がカパの場所にあたり、十二指腸と肝臓がピッタの場所で、空腸、回腸と大腸がヴァータの場所であるといえます。


ドーシャ総論―三つのドーシャの働き

三つのドーシャの働きをアーユルヴェーダの『チャラカサンヒター』の総論(第一巻)十八章韻文四十八番から五十一番にわたって次のように表現しています。
「生命を持つものの身体には常にヴァータ、ピッタ、カパの三つが存在している。
医者は、これらが正常であるか異常であるか知ろうとすべきである。
ヴァータの正常な働きとは、熱意、呼気、動きおよび構成要素の安定した機能、排泄物のちゃんとした排泄である。
ピッタの正常な働きとは、視力、消化力、耐熱、空腹と乾き、体の柔軟性、光沢、喜び、知能である。
カパの正常な働きとは、油質を与えること、結合、安定性、重さ、精力、体力、寛容、忍耐力、無欲である。


ドーシャ総論―三つのドーシャの動きの傾向②

食事の場合も、食事をしている時と食後の段階では、カパが強くなります。
そのため、体が重く感じたりあまり活動したくなくなるのです。
消化が活発になる次の段階ではピッタ、吸収が活発になる終わりの段階ではヴァータの働きが強いといわれています。
年齢に関しても、子供のころは同化作用が強いので、成長と結合をおこすカパが重要なドーシャといわれています。
次に成長した体が保たれていく時代である若い時は、ピッタが強く情熱、鋭さをあらわします。
異化作用が目立つ高齢の時代にはヴァータの働きが強くなります。
三つのドーシャは変動しやすいので、その動きの傾向をよく理解しておくと、ドーシャのバランスが保たれるような食事、活動を取り入れることができます。
そうすると、増加するドーシャによって元気が失われないように気をつけて、より壮健な状態を楽しむことができます。
さらに病気の診断、徴候、症状の解釈、治療の処方の時もドーシャの変動を詳しく検討すると、医療の成功率を高めることができます。


ドーシャ総論―三つのドーシャの動きの傾向①

一日の中でドーシャは活発に動いたり、鎮静になったりします。
朝は、カパ・ドーシャが強くなるときです。
昼は、ピッタ・ドーシャが強くなります。
夕方は、ヴァータ・ドーシャが強くなります。
私たちの体の動きを示す新陳代謝、脈拍、呼吸数、体温、血圧も一日の間に時間によって変わりますが、それをドーシャの活性化によって説明することができます。
体が鈍くて安定性を示す時節が朝です。
カパの影響でこの時、代謝、脈拍、呼吸、体温、血圧全てが正常値を下まわります。
例えば、上の血圧が100から120にある健康な人の場合は、朝調べてみたら、血圧が100近くの数値がみられるわけです。
昼になると共に、ピッタの働きが強くなるので、体温、代謝があがって、消化する力も強くなります。
夕方になるとヴァータが強くなるので、呼吸数、脈拍、血圧も上がって、体もとても動きやすくなって活動的になります。
ドーシャの働きが精神にも影響するので、カパはゆっくりすることまたは不活動状況を示します。
ピッタは攻撃および鋭さをあらわしますが、ヴァータは刺激およびはやさを示します。
比較的に夜は昼よりも落ち着いた状態を保ちますが、その中でも夜の始まりは、カパが優勢で、夜中はピッタが優勢で、朝方はヴァータが優勢です。


三つのドーシャの働き②

精神面での心理作用もヴァータ、ピッタ、カパの三つのドーシャの影響を受けます。
一つ一つの細胞の中におこる不思議な出来事もドーシャに支配されて起こります。
人間の生命の始まりも、精子と卵子がドーシャの力によって働くので、これらが受精することもドーシャの働きです。
正常でも異常でも生物の中に起こる全てのドラマを、動き、変化、結合という三種類の生物的機能であらわすことができ、これらの作用のことをそれぞれ、ヴァータ、ピッタ、カパといいます。
一つの細胞から100兆くらいの細胞のかたまりである人体ですが、人体内のあらゆる働きも基本的には、三つのドーシャの働きです。
ドーシャの働きが正常であって、三つのドーシャの間にバランスが取れている限り健康といえますが、バランスが崩れると体は病気になります。
近代医学ではこの三つのドーシャは、生物学的または生化学的にどういう因子になのかは明らかになっていませんが、科学技術が進歩して将来このドーシャを客観的に測定できるようになるかもしれません。
各細胞の中にドーシャが分子のような形で存在していて働くと、現代のアーユルベーダの学者V・Bアタヴァレー博士が説明しています。
ドーシャは、微細で目に見えないと説明されていますが、状態によっては目に見える形をとることもあります。
例えば、胃腸の中のガスがヴァータの一つで、胆汁はピッタの、痰はカパの形でといえます。
アーユルベーダでは、直接観察、推論、師匠の教えに基づいてドーシャの知識を深めるように指示しています。
アーユルベーダの概念を良く理解して、近代医学的解釈をすると、三つのドーシャは細胞の働きのもととなる遺伝子レベルからあらわれてくる機能ではないかと思われます。
どのドーシャが優勢であるかによってその人の体格や体質が決まること、そして一生の間その人の生理学的機能が影響を受けること、それぞれのドーシャにはかかりやすい病気の傾向があることは、遺伝子の中にドーシャに当てはまるような区別があることを示します。
しかし、実験的に証明されるまでは、ドーシャが遺伝子のレベルに依存しているというのは、科学的仮説にすぎません。


三つのドーシャの働き①

無生物の場合は、パンチャマハーブータ(panca mahabhta)と呼ばれる五つの大元素(空、風、火、水、土)が構成する要素になっています。
人間の肉体の場合も同じ五つの大元素が原料となっていますが、生物学的要素としてドーシャがあります。
宇宙の創造の場合はまず、空があって、風が出来て、その次に空と風から火が出来て、これらの三つから水が出来で、この四つから最後の土が生みだされたのです。
体内には、空と風が主になってできているヴァータドーシャと、火と水が主になってできているピッタドーシャと、水と土が主になってできているカパドーシャとがあります。
ヴァータ・ピッタ・カパというのは三つのドーシャの名前です。
ヴァータドーシャは、人体内に動きをおこすドーシャで、活動を示します。
血液の循環、栄養物と老廃物の輸送、胃腸の中に起こり蠕動、神経および筋肉の伝導性、このような動きに関する全てがヴァータの働きです。
また、手足を動かすといった粗大な動きもヴァータの働きです。
ピッタは消化すなわち変化おこすドーシャで代謝を示します。
体内では、空気、水、食事を消化するのがピッタで、燃焼をすることや体温の機能もピッタの働きです。
カパは、結合をおこすドーシャで、安定性および構成を示します。
体内の組織を結びつけて、体に形を与える働きをするのがカパで、成長および同化作用もカパの働きです。
アーユルベーダでは、生命の始まりから終わりまで、人体内におこる全ての作用は基本的に三つのドーシャの働きによるといっています。


アーユルベーダがいう三つの生命機能

アーユルベーダの独特の概念であるドーシャ説をありのままに理解するためには、ドーシャという単語を生命エネルギーという他の単語にかえずに、もとのまま「汚す、悪くする、悪化させる」という意味で使うほうがよいでしょう。
私たちの人間の体の中では、無数の生化学的な働きが連続して起こっています。
この生化学的な連鎖反応自体が生命だという生化学者たちもいます。
このような人体内で(病気の状態も含めて)起こる生化学的または生理学的働きを一つ一つ探っていくと、それがすべて上手に結ばれていて、促進および制御を行いながら、生命が続いていることがわかります。
とても複雑なようにみえる生命の生物的働きを単純化した時、そのすべてが三種類の働きに分かれてしますのです。
アーユルベーダは、この三種類の根本的な機能を三つのドーシャ(トリドーシャ)と表現します。
サンスクリット語のこの単語を忘れないためには、人体内に分子のレベルでおこる細かい働きから、手足を動かすような粗大な動きまであらゆる動作を行うのがドーシャであると理解するとよいでしょう。


アーユルヴェーダにおける人間の正常状態

人間を含めて全ての生命の正常および異常は、ドーシャと呼ばれる三つの生命エネルギーによります。
ドーシャとは、汚す、悪くする、または悪化させるという意味です。
といってもドーシャは体の中に存在している悪いものや悪いことを起こすものというわけではありません。
ドーシャは、人体のなかの不可欠な存在で、生理学的および病理学的な働きの基本となります。
しかし、ドーシャは非常に微妙なものでいつも変動するため、変化が激しくなった場合や、正常状態からあまりにも離れて不均衡になった時に病状を作り出します。
つまり、人体内の構成要素を汚して、悪化させて病気を起こすのです。
この損なうというところに重点をおいて、腐敗させるもの、あるいは悪化させるものをドーシャと名付けられています。
食事や生活法などを間違えることによって病気が起こるわけですが、病気になる病理学的な連鎖反応のもとはドーシャになるわけです。
ドーシャの働きが一番最初に乱れて、そこから色々な異常が起こって、症状および兆候が現れて、病気がはっきりとみえてくるわけです。
そのため、アーユルヴェーダでは、症状や兆候だけに限らず、ドーシャのバランスを元に戻すことを治療と考えます。


生命の機能は三種類―人間の正常状態

人間を含めて全ての生命の正常および異常は、ドーシャと呼ばれる三つの生命エネルギーによります。
ドーシャとは、汚す、悪くする、または悪化させるという意味です。
といってもドーシャは体の中に存在している悪いものや悪いことを起こすものというわけではありません。
ドーシャは、人体のなかの不可欠な存在で、生理学的および病理学的な働きの基本となります。
しかし、ドーシャは非常に微妙なものでいつも変動するため、変化が激しくなった場合や、正常状態からあまりにも離れて不均衡になった時に病状を作り出します。
つまり、人体内の構成要素を汚して、悪化させて病気を起こすのです。
この損なうというところに重点をおいて、腐敗させるもの、あるいは悪化させるものをドーシャと名付けられています。
食事や生活法などを間違えることによって病気が起こるわけですが、病気になる病理学的な連鎖反応のもとはドーシャになるわけです。
ドーシャの働きが一番最初に乱れて、そこから色々な異常が起こって、症状および兆候が現れて、病気がはっきりとみえてくるわけです。
そのため、アーユルヴェーダでは、症状や兆候だけに限らず、ドーシャのバランスを元に戻すことを治療と考えます。


アーユルヴェーダと近代医学の違い

どんな医療法でも、病気を治すために医療行為を行いますが、アーユルヴェーダは、他の医療システムと異なった医学であるといわれています。
熱病には、熱を下げて治すために、アーユルヴェーダも西洋医学も薬を飲ませますが、、なぜこの二つの医学は別のものとして扱うのでしょうか。
近代医学では、抗生物質という人工的な化学製品を使い、アーユルヴェーダの場合は、自然の植物や鉱物で作った薬を使用するというように、薬が異なるために医学が異なるわけではありません。
異常状態を治すときの考え方が違うために、医療システムの区別がついているのです。
異常状態を治す行為の考え方がなぜ違うかというと、正常状態の理解の仕方が違うからです。
人間を部分に分けて局部的なアプローチで治療または研究を進めるのが、近代医学のやり方ですが、いつも人間を全体として理解した上で、包括的にアプローチするのがアーユルヴェーダのやり方です。
それぞれのやり方に利点はありますが、最近では、精神と肉体を含めてトータルで人間を考えることを、避けて通ることが出来なくなってきました。