人の人生の中に幸せなことだけが起るわけではありません。自分の子供や好きな人がなくなったり、あるいは、物が盗まれたり、事故が起こったりといった悪いことも起るかもしれません。今この瞬間誰かの子供がなくなったり、どこかの家で物が盗まれていたりしますが、私たちは平気です。それは、その出来事に関係がないからです。物事が起っても私たちが平気なのは、無知の一種なのです。しかし、冥想して落ち着いている時は、全部わかっているのですが、冥想する人は自分の子供に何か不幸なことが起ることと、世の中の誰かの子供に何か不幸が起ることの間に区別を感じません。つまり無責任になるというのではなく、一つの出来事として受け取れるのです。私たちの場合は、どうしても自分の子供が病気になったりすると苦しみます。冥想がよく出来るほど、心を乱さずに事実を受け入れ、、私の子供という風に特別扱いをするのをやめることが出来ます。どういうことかというと、この子供も私たちもいつかは死にます。このドラマが終わるだけのことで、また新しいドラマが始まるのです。そして、一時的に子供と親になっている、ということがだんだんわかってきます。冥想をすると、世の中に起っていることの一番下に、永遠の真実といわれる規則を少しづつ理解できるのです。理解できるようになると、何でも行為としてするときは、ちゃんと上手にやれるのです。今、私たちが悩んでいるようには、悩みは起らず、心配はしないということによって、対象を受けることにしても、行為をすることにしても、また、間接的には自然が悪くなることにしても、全部避けられます。人生が豊かになるのです。そのためには、毎日自分が永遠の、神聖な知識の領域に少しでも入ることが大切なのです。
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